今まで選択できなかった選択肢の存在

 

この1~2週間のあいだに見かけたどなたかのブログで、魂の本質に戻る方法だっけかなー?(うろ覚え)ってのが載ってたのですよ。

あ、時代ごとに書いてあって、

・修行

・陰徳

・現在(←これがなんだったか忘れたw 自分を満たすだったっけかなー?)

って順で書いてあったのよ。

遠い昔には「修行」をすることがよしとされてて(例:僧侶とかね)、その後「陰徳(人に知られずに徳を積む)」がよしとされてたけど(例:松下幸之助さんとか)、今はもう違うよね…みたいな話が載ってたのですよ。

わたしも最近そう思ってて、「修行」したい人はすればいいし、「陰徳」積みたい人はつめばいいと思います。

それって、それ以外のやり方を過去の時点では選べなかったから、過去の時点ではそれが善しとされてたって話だと思うのです。

でも、今現在ネットも発達し、デバイスもどんどん進化してますよね。

なのに、それを使ってる側の人間の思考ってか選択肢が昔のまんまじゃね?とはよく思う。

 

例えば、アメバ界隈でひとり起業してる女性多いですよね(過去と比べて)。

起業ってハードル自体も、ネットの発達・普及によって、すんごくハードルが下がったと思うんですよ。

物販にしてもサービス業にしても、「在宅でやる」って選択肢を選べるようになってきたと思うんです。

あくまで選択肢が増えたって話であって、かならずそれ(ネット)でやれって話ではないよ。

 

選択肢が増えてるのに、それに気づいてない人ってのはけっこう居るんじゃないかと思うんですよ。わたし含め。

それは今までの習慣だったり、慣例だったり、社会的通念だったり、いろんなことが絡んでると思いますが、「今現在別のやり方もありますよ」ってことに気づいてもよいかもよ。

 

で、昨日の日記に繋がるのですが、最近一般常識にハマれない人たちが有名になってきてる。彼らは、今までの常識にどーがんばってもハマれないから、ある種の諦めによって今現在の彼らの在り方でしか出来なかったって側面もあると思うんですよ。でも、やってみたら出来ちゃった♪みたいな。

わたしからすると、彼らは身をもって「別の選択肢を提示してくれてる」と見えるのね。

固定概念でがんじがらめになってる皆さんに、「これ選んでも大丈夫ですよ」って教えてくれてるように思います。

 

話戻るんですが、なんで「これ選んでも大丈夫」って選択肢が出てきたかと言えば、社会的な成熟だったり、技術革新による後押しがあると思うのよ。

それらがあるから、「昔選べなかった選択肢が、選べるようになってきた」ってことだと思うのです。

 

 



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