人生で何度も起こる問題について

 

わたしのテンションを上げるために、画像はカンバーバッチで!

まあ、本文とは何の関係も無いんですが(笑)。

 

「人生において、一見問題(トラブル)に見える出来事が何度も起こる」っていうのって、「そこ、まだクリアしてませんゼ」って意味だと今まで思ってたんですよ。このクリアってのは、乗り越えるとか克服するとかそういうニュアンスに近いですね。

まあそういう意味合いもあるんだろうけど、最近はある種「もう諦めなはれ」とか「降参しなはれ」とか「ぜんぜん違うアプローチしてまっせ」と捉えることも出来るのかもー?と思います。

「気がついてませんよー」ってのが、その物事から一番しっくりくるメッセージだとは思いますが。

 

今日のいばや通信にこんな記事がありました。

今世は諦めてください。 – いばや通信
http://ibaya.hatenablog.com/entry/2017/02/15/114039

ドトールでひとり珈琲を飲みながら「ああ、俺はたかだか20分程度の労働で過労死寸前になるほどには弱者なんだな」と思い耽った。自分を責める気持ちが湧き出してきたというよりは、逆に、いよいよ自分は来るところまで来たのだなあという清々しさが溢れ出した。そして、頭の中に「今世は諦めてください」という言葉が舞い降りた。ひと並みに生きることができなくて苦しんでいたのが私の10代。ひと並みになろうと踠いて踠いて結局つまづきまくっていたのがひと昔前の20代。そして、ひと並みであることを諦めたのが30代、いま、無理なことは無理なのだとひとつずつ諦める【余計な何かを剥ぎ落とす】ことを通じて、漸く、自分が少しずつ軽くなるような感覚を覚えている。

 

今30前後の人たちの中で、「どうにも世間一般の常識の枠に嵌りきれない人たち」がいて、彼らはすっぱり世間一般の常識にあった生き方を諦めて、どうしようもなく「その人」自身でしかいられない生き方をしていて、且つ(主に)ネット界隈で有名になってるように感じます。

それは はるちゃん だったり、Happy さんだったり、坂爪さんだったり。

彼らのつき抜けっぷりをみてると、今まで何十年、何百年と脈々と言われ続けてたものって、実は本質から外れてるんじゃないのか?と思えるんですよ。

もしくは、最初にそれを発した人は的確に本質を捉えてたけど、それを言い伝えた人々が勘違いして伝えてきちゃったのかも?とも思う。

 



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