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貴女は「断るのが苦手」と話してたね。それと、面倒くさがりやだって。

 

あくまでも推測でしかないんけど、断ることで自分が何かを感じるのが嫌なのかな~?

それはひょっとしたら、断ることに伴う何かしらの感覚を「受けるのを拒否している」とも言えるかもしれない。

ちなみに残念なお知らせですが、いくらスピリチュアルな気付きを得ても、快不快ってなくならないらしいです。

不快ってのは、自分の魂が今生に生まれるときに決めてきたプログラムだったり当初の計画だったりから「ズレてますよー」ってサインらしいよ。

あ、あと、不快やら罪悪感やらいわゆるネガティブな感覚を「感じたくない」と思って拒否すると、おもしろいことに自分の「快(心地いいとか嬉しいとか)」ももれなく分からなくなりマス(笑)。

「幸せ」というのは、「なる」ものではなく「感じる」ことなので、感じること自体を拒否してると「幸せ」も感じられなくなるよ。

 

断ることで、相手が不快を感じると想像しているのかなー?

断ることで相手が不快を感じるかどうかは、その相手が決めることだから、もしそう想像してるなら、そこまで気にしなくてもよいんじゃないかと思います。

ちょっとキツイ言い方をすれば、相手がどう感じるかは相手の自由であり、それを貴女が「こう感じるかも?」と勝手に推測なり決め付けていると表現できるかもしれない。

詳細は分からないけど、何かを断っても何ら問題ないと思います。まあ、時と場合にもよるかもしれないけど。

 

んーと、これまたキツイ話かもしれないけど、「いい人」って往々にして「(都合が)いい人」になっちゃってるかもしれないよ?

誰かからひどく嫌われることもないけど、熱烈に求められること(熱烈に好かれること)もあんまないんじゃないかなー?

まあ、これは個人の好みもあると思うけど。好みってのは、「そんなに好かれたくない」って感じのことです。

 

 

面倒くさがりは、時に発明の母だと思う。

excel で同じ作業を何回もするの面倒だからマクロ組んじゃえ…みたいな方向の面倒くさいじゃないよねぇ、たぶん?

特にどんなことに対して「面倒」と感じるかによって話は変わってくるし、貴女の中にどういう前提があるかでも話は変わってくるけど、何かを実際に行う(「言う」とか「動く」とかね)は男性性の担当で、「面倒だからやらない」は自身の男性性を育てるチャンスをみすみす逃してたりします。

自分の中の何か願いを叶えたいというとき、まずは自分自身で動いて叶えてあげるってのが大事だったりします。

それは何も大きなアクションでなく、「何か飲みたいな」→「冷蔵庫から水を取り出す」とかそういう小さい願い(望み)を叶えてやる。

この「何か飲みたいな」が女性性で、「冷蔵庫から水を取り出す」って実動部分が男性性。

この「小さい願いを叶えてやる」ってのは、実は基礎部分になってると思うのよ。

何の世界でもそうだけど、基礎ができてないのにいきなり大きいプロジェクトだったり試合とかイベントとかそういうのに取り組んだりしないよね。やってもまー失敗しますわな。そこで失敗して得るものももちろんあるから、それはそれでいいんだけど、ちょっと遠回りにはなるよね。

願いが叶わないってのは、ひょっとしたらこの基礎部分をクリアしてないからかもね。

 

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